ソーイングから剣道を学ぶ(その2:目標と満足感)

【はじめに】今回のブログは、剣道キャットブログ史上、最長クラスの長編になってしまいました。途中でトイレ休憩を挟まれることをお勧めします。

そんなわけで、「Haru the Sewing Cat(ソーイングキャット春ちゃん)」のお店に商品を並べるために、ここ数週間ひたすら、竹刀袋や審判旗袋を縫っていました。

そこで、またもや、ある大発見!!というか、重大な真実に気がついてしまったので、今日は、そのことについてしたためようと思います。

相変わらず大げさっすね、春センパイ

私が、お裁縫をするに至った経緯は、こちらのブログでも述べた通りですが、↓

まあ、やり始めたら面白くてたまりません。

なんてったって、ひらぺったい1枚の布が、あれよあれよと立体になって、数時間後には、自分が欲しいものができちゃうなんて、なんだか魔法みたいじゃないですか♪

ミシンを使えば、自分の洋服さえも作れるんだ!ということがわかってから、私は、多分、カワイイ猫ちゃんのイラストがついたTシャツ以外は、市販の洋服を買っていないような気がします。

ワンピース・ズボン・ブラウス・パジャマ・エプロンなどなど、自分用にあれこれ縫っては、ごきげんモードになっていたのですが、実は、こうした自分用の衣類を縫い上げたときには、ほぼ100%といってもいいくらい・・・

必ず、どこかに、”ちょっと失敗してるところ”がそのままになっているんです。

みんなに言わないでね

これは、縫っているときに、自分では気づかなくてあとでわかった、というものではなくて、自分でも、「あ、しまった!」と気がついてはいるものの・・・

「ま、いっか!自分が着るんだし、裏返せば外からは見えにくいところだから、これでいいや」と思って、そのまま突き進んだ結果でした。

こうした私の判断は、ほとんどの場合は

やり直すのが面倒くさい!

→ 今日中に仕上げて着たい! 

→ 人にバレなきゃいいわ 

→ なんならバレちゃっても構わんわ・・・

という思考によるものでした。

なんというか、無意識に、自分の中に、パッと見て、7割がた洋服になってればいいや!・・・くらいの目標を定めていたんだと思います。

このことからも、あきらかに、私の性格は、几帳面ではなく、「おおざっぱ」であることがおわかりですね♪

バレたか!

しかーし!!

こんなおおざっぱ人間も、目標の定め方を変えると、あら、ビックリ!几帳面人間に大変身することができるのです。

どういうことかと申しますと・・・

ここ数週間、縫っていた竹刀袋や審判旗袋は、自分用ではなく、私の作品を気に入ってくださったお客様にお金と交換してお渡しするものです。

ここは、見えないところだから、ま、いっか!・・・とか

ちょっと斜めに縫い上げちゃったけど、機能的には問題ないから良しとするか・・・とか

そんな気持ちで仕上げることは許されるものではありません。

おおざっぱ厳禁!です。

自分のは失敗品でもいいけど

お客様のはダメ―!

考えてみると、ミシンを使う以上、力学的要素が絡んでくるので、完璧な縫い目というものは、ある意味”唯一解”なんですよ。以前、このブログにもしたためたことと、ちょっと似ているんです。↓

要は、「まっすぐに縫う」・・・ということは、「まっすぐに縫う」こと以外、正解はないのです。「縫う」を「面を打つ」に置き換えたら、そのまんま剣道にも通じますよね・・・。

だから、「まあまあ、まっすぐ」、とか、「最後の部分以外は綺麗に縫えてる」・・・というのは、全部「失敗」なのです。

しかしながら、現実的には、寸法さえ間違えていなければ、縫い目が多少まっすぐになっていなくても、たいていの場合、着ることはできます。

それでヨシとしてきたのが、私が自分用に縫った衣類の数々(おおざっぱコレクション)

それでヨシとしていないのが、Haru the Sewing Catのお客様にお届けする竹刀袋たち(几帳面コレクション)

つまり・・・

1つの作品を作るにあたって 自分がどんな目標を定めて、どのレベルに達したら満足して手を止めるのか・・・どうやら、ここが運命の分かれ道ってことですよね?

そんなことを考えていたとき、ふと、過去のある出来事を思い出したのです。ああ、思い出すのもツライ~

思い出すたびに

胸がキューっとなるよー

それは、さかのぼること2018年から2019年のこと。

私は、ある事情があって、日本に1年間里帰りをしていました。

そして、近隣の剣道場で、ハワイに戻る日まで、1年間、お稽古させていただくことになりました。

滞在期間が1年あるということで、地元の先生と私が定めたお稽古目標は、

私が、ハワイに戻る前に、気剣体一致の打ちができるようにする!というものでした。

私は、よーし!っと思って、

週三回のお稽古も、休むことなく稽古に励みました。

苦しくても疲れていても、稽古終了の太鼓が鳴るまでは、必ず誰かと稽古を続けました。

市営武道館が空いている昼間の時間には、使用料100円払って(安い!)、ひとり稽古も頑張りました。

そうこうしているうちに・・・・あっという間に1年が過ぎ去ろうとしており、ハワイに帰るまであと1週間となりました。

そこで、ビックリ!

全然、気剣体の一致が治っていませんでした・・・。

ま、ま、まさかの現実!

地元の先生が、シブい顔で「うーん、あと一週間でなんとかせにゃ、ハワイの先生に申し訳ないなあ」と言われます。

私は、その言葉を聞いた瞬間、その先生に対して大きな罪悪感を感じてしまいました。

「いかん!このままでは、絶対にいかん!なんとかせねば!」っと思い、気剣体一致の打ちに向けて、自分の集中力を一気に高めたのです。

と、同時に、私は、

「あれ?どうして、今の今まで、この集中力でもって稽古をしてこなかったのだろう」

「気剣体一致の打ちができるようになりたい!と、ずっとこの1年間、思ってきたはずなのに・・・」

「どうして、ここまで危機感を感じて、気持ちをしっかり集中させて、本気で、気剣体一致ができるように取り組んでこなかったのかしら?」

「稽古は、いつも一生懸命やってきたはずだけど・・・」

「でも、何か全然違う!」

「多分、私、この1年間、大間違いをしてしまった気がする!!!」

私は、なんだか急に怖ろしくなってきました。

ハワイに帰る間際になっても、気剣体一致が、全然できていないのに、私は、何故、そのことに、危機感を感じていなかったのか?

それだけでなく、もっといえば、先生に対する罪悪感でもって、初めて、その危機感を抱いた自分って、一体、何なのか?・・・ということについても考える必要がありそうだと思いました。

考えに考えた結果、私が見つけた答えはこうでした。

私はこの1年間、

気剣体一致の打ちができていなくても、物打ちで面や小手が打てていれば、無意識にその結果に満足していました。

気剣体一致の打ちができなくても、自分の身体が痛いわけではありません。先生から怒鳴られるわけでもありません。だから私は、「できていない」ということに対して、まったく危機感を持っていませんでした。

気剣体一致の打ちができていなくても、普段から先生方に「ずいぶん熱心に稽古してるねー、頑張ってるねー」と、言っていただき、先生から褒められている自分に満足していました。

試合に負けても、まあ、オバサンになってから剣道を初めて、まだ二段そこそこなんだから、五段や六段の先生方に勝てるわけないから仕方ない。むしろ、強敵相手によく頑張ったほうじゃない?・・・と、負けた自分を甘やかしてきました。

結局のところ・・・

私は、自分の剣道を変えるために、自分の悪い癖を本気で改善しようとはしていなかったのです。

悲しい現実と向き合いました

むしろ、それよりも、自分の承認欲求を満たしたい!という欲望が私の心を占拠していたように思いました。

つまり、私は、地元の先生と「ハワイに帰るまでに気剣体一致の打ちができるようになろう」と、合意の上で、目標を立てたのにも関わらず、

なかなかそれを改善できない気剣体「不」一致な自分に、だんだん嫌気がさして、向き合うのも嫌になり、途中から、自分を気持ち良くさせてくれる、もっと簡単な目標を、探し始めてしまったのだと思います。

つまり、いつの日からか、私の目標は、気剣体一致の打ちではなくて、「ハワイから来た稽古熱心な女性剣士」と、地元の人たちに認められること・・・に、代わってしまっていたのでした。

だからこそ、先生方に「稽古熱心だねー!僕も見習わなくちゃなー」などと言われたら、私の目標達成満足感は100%に達して、気分がよくなっていたのでした。

はじめに設定した難しい目標が、完全未達であっても、日々の稽古を気分よくこなすことができていたのは、この満足感が私のメンタルを支えていてくれたからだと思いました。

1年間、日本でお稽古ができるという、とても貴重な時間と経験を、私は、自分のつまらないエゴのために台無しにしてしまっていたんだ・・・と、ハワイに戻る1週間前に気づきました。

あのときは、ものすごくショックでした。

自分がものすごくちっぽけに感じましたし、一生懸命、私の悪癖を治そうとしてくださっていた地元の先生に対して、本当に申し訳ない気持ちになりました。

しかし、もう取返しがつきませんでした。

ハワイに帰る日が近づいていましたが、いまさら、気剣体一致の打ちが、急にできるわけでもないのも分かっていました。

なので、私は、このときこう心に誓いました

「絶対にもう、同じあやまちは犯さない!」

「稽古は、自分の目指す剣道に、自分を近づけるためだけにやる!」

「できない自分から目をそらさないで、どうしたらできるようになるか、とことん突き詰める」

剣道もソーイングも、自分の中に「こうなりたい!」というイメージがありながらも、そこになかなか近づけない状態は、精神的にとてもつらく苦しいです。

そういう現実から、ついつい目をそむけたくもなります。

あるいは、できない自分をできる自分にするために、失敗の原因がどこにあるのかを、自分をごまかさずに探し出したり、同じ基本動作を何度も繰り返し練習したり・・・こんなことをしていると、とにかく時間もかかるし、忍耐力も求められます。

でも、この過程を克服し、目標を達成させることでしか、自分自身を成長させることはできない・・・とも感じています。

そして、この自分の成長を自覚できると、自分に対する自信が生まれてくるのではないかと思います。

剣道もソーイングもむずかしいものではあるけれど、だからこそ、学びがいがある・・・というか、

この扉を開けることができたら、次はどんな扉が待っているのだろうか?

次はどんな風に成長した自分に出逢えるのだろうか?・・・という

なんというか「未知との遭遇感」満載で、やめられない自分になっています。

そんなわけで明日も稽古に行ってきまーす♪ おっと明日は大会だった!

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