大きな疑問:竹刀剣道って一体何ですか?

こんにちはー!剣道キャットこと、春ちゃんです。

ここ数か月、ちまたでは、♡気剣体一致ノイローゼキャット♡とも呼ばれている私です。

どうやら、ノイローゼ状態が極限に達してきているせいか、つい最近、とてつもなく大きな疑問が湧いてしまいましたので、今日は、そのことについてしたためようと思います。

ある朝、いつものように、稽古前の15分間、ボブおじさんと一緒に、面打ちをしていました。

そのときの自分の課題は、「いかにして冴えのある打ち」を放つかを研究することでした。

ヨシ!春ちゃん

今日も頑張ろうぜ!

はい!ボブおじさん!

毎日朝早くからつきあわせてすみませんね

両手の使い方だけでなく、上半身も下半身も上手に使う。そんなふうに全身を連動させながら、いつも先生がお手本で見せてくれるような冴えのある面打ちを放つにはどうしたらいいのか。ボブおじさんと一緒に、あーでもないこーでもないと研究していたんです。

すると、何十本か打った面打ちの中でたった1本だけですが、私にしてはうまく打てた感じの面打ちがありました。

身体全体が、「さあ~、皆さんご一緒にぃ~」という感じでまとまり、力まずに打てているのに、打突には力強さとシャープさがあるような・・・

打ち終わったときに、なんかめっちゃいい気持ちがした面打ちでした。

あれぇ~♡ひょっとして、こういうのが、「気剣体一致の面」っていうのかなぁ~♪っと、ちょっと浮かれていました。

ヤッホー!

E気持ち!

心なしか、ボブおじさんもニッコリしていたような・・・。

でも、その30秒後に、自分がこんなにも大きな疑問に悩まされることになるとは、その時は夢にも思っていませんでした。

出た!

春センパイの大げさ表現シリーズ

いったい何が起きたかといいますと・・・

私は、そのとき、自分が放った気持ちの良かった面を、もう一度、打ちたいな♪っと思って、いま、その面を打つために、自分が、何をどうやったのかを振り返ってみました。

構えを整えて、左足とお腹で、重心がぶれないように、身体を前方に運び、その動きと同時に、上半身は、左手主導で竹刀を動かし始めて、最後は、左右両手を上手に使ってスパーんっ!っと、面を打つ・・・こんな感じのようなことをやった気がするなあと思った瞬間・・・

「あれ?」

「っていうか、そもそも、この動きって一体何なの?」

「自分はこの動きで何を表そうとしているの?」

という疑問が湧いてしまったのです。

そうです、つまり、この疑問をひらたく言えば・・・

”竹刀剣道って一体何なの?”ということです。

こんな基本的なことを、疑問に思ってしまった自分は、もしかしたら、本当にノイローゼになってしまったのでしょうか?

わたし ついに

やばい猫になっちゃったのかな?

いやいや!まだ、正気だぞ!

だって、こんな風に疑問を感じたのには、明白な理由があるもん!

どういうことかといえば・・・

そもそも、刀と竹刀は、構造的に見て、全く異なる物体ですよね。

それゆえ、刀は斬るため、竹刀は打つため・・・と、目的も異なる道具となります。

すなわち、刀で人の頭をぶった斬るときの斬り方と、竹刀で気剣体の一致でもって、冴えのある打突を放つ打ち方というのは、

そのメカニズムは、全然違うはずです。

例えば、刀を使うときには、踏み込み足って使わないですよね・・・?(時代劇でお侍さんが踏み込み足で闘っている姿は見たことないし・・・)

じゃあ、この、踏み込み足って、一体、どこから、何のためにやって来たの?

ひいいいい!!

剣道をもう15年近くやってきて、今更、こんなことを疑問に思ってしまって、どうしよううううう!!

急に、なんだか怖くなってきました。

何もわかっていないまま15年以上、剣道をやってきていた自分に・・・。

ガクガク((((;゚Д゚))))ブルブル

いっそのこと、この疑問を自分が持ったことを見て見ぬふりしてしまおうか、とさえ思いました。

現在の竹刀剣道が普及するまでには、いろんな歴史の変遷があったということは、ぼんやり見聞きしたことはありました。

しかしながら、こうした歴史をまじめに詳しく勉強したことがない私は、本当に、このとき、突如竹刀剣道って、一体、何?」という大きな疑問に襲われてしまい、

それ以降、ずっと

「昔の剣士たちは、竹刀剣道の中に何を残したかったんだろう?」

この問いかけが頭から離れなくなってしまいました。

その日、家に帰ってから、ちょっと調べてみると、結構、昔から、剣道には、すでに競技としての楽しみかたもあったらしく、そのころから、踏み込み足が発達した・・・という記述を見つけました。

ということは、昔から、竹刀剣道には、スポーツ的な要素がすでに含まれていて、踏み込み足は、この競技性と関連して発案されたものなのだな、と理解しました。

しかしながら、こうした競技性以外にも、大事な要素が竹刀剣道には含まれているはずだと私は、思うので、昔の人が、構造的に全く異なる竹の刀を用いて、何を残そうとしたのか?という点について、もう少し考えてみることにしました。

なかなか答えがみつけられないながらも、色々考えていたら、1つだけ、竹刀においても刀においても、これは共通することかも・・・っと思い当たるものがありました。

ほほう?

何に気づいたのかな?

それは、闘う相手を前にしたときの、自分の心の置き方、気の使い方です。

自分の心の中にある恐怖心を克服した上で

心を決めて全身全霊で相手に挑みつつも、

闘う相手には、最初から最後まで敬意を払うことなど・・・

こうしたものは、手に竹刀をもっていようが、真剣をもっていようが、はたまた、手には何も持たない、普段の生活においても、求める方向性が同じような気がします。

また、竹刀は刀を表現するものだから、そこには、刃があり刃筋の存在を想像しながら稽古をしなければいけないという点については、私は理解できます。

あるいは、剣道形や、すり足での切り返しなど、踏み込み足を用いない動きについても、なんとなく、何を追い求めながらこれらの稽古をすべきかは、なんとなく理解できている気がしています。

わたしが、今、一番、謎なのは

絶対に斬ることはできない竹刀を使いながら、

踏み込み足を使って、

最大のクライマックスともいえる「打突の瞬間」を、

私は何をどのように表現すべきなのか?という点です。

この答えがわからないと、目指すべきゴールへの道のりが見えなくて迷子になってしまった気分です。

えーん!私は

どこに向かっていけばいいのおお?

そこで、今朝、竹刀を木刀に持ち替えて、ボブおじさんの頭めがけて、いつものように、大技・小技の面打ちをやってみようと思いました。

すると、いきなり、しょっぱなから、カチーン!っと、面金と木刀が衝突する音がして、木刀もボブおじさんも、私に向かって「オイオイ!痛いよー!!何すんだよー!」っと言っているような気がして大変申し訳ない気持ちになりました。

痛かったね、、、

ごめんちゃい・・・・

それでも、やっぱり、知りたい気持ちをおさえられない私は、ボブおじさんには休んでもらって、今度は、一人練習用のタイヤ台を引っ張り出してきて、それを人の頭に見立てて、木刀でいつものような打突メカニズムで打ってみました。

すると、打突後、即座に私が感じた感覚は・・・

「うげげっ!一瞬にして、タイヤさんの頭に重傷を負わせちゃった!ごめーん!」というものでした。

事細かに、私が、どんな風にそう感じたかを描くと、ちょっとグロイので、省略しますが、

要は、命までは、いただいてはいないけれど、「一瞬にして、かなりの重傷を相手の頭上部に負わせてしまった」っという感じです。

うーむ、謎が深まります・・・。

この実験をふまえ、私は、これから、竹刀で面を打つときにも、スパーン!っと、一瞬で相手の頭に重傷を負わせる気持ちで打ち込んでいけばいいのでしょうか?どうなんでしょうか?

なんだかいまいちスッキリしません。

こんなモヤモヤを抱えながら、最近は稽古しています。

これがもし、昔、自分が学生の頃やっていたバスケットボールだったら、このような疑問は決して湧かなかったであろうと思います。

タイムスリップして、竹刀剣道を発案された先生方に、インタビューしたい気分です・・・。

明日は火曜日で、形デー。

構造が刀に近い、木刀を使って形を稽古していたら、また何か考えるヒントが見つかるかな?

そんなわけで、また明日も稽古に行ってきまーす♪

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