大きい面と小さい面

おそらく、ほとんどの剣士の皆さんが剣道を始めて最初に教わった技は、「大きい面」だったのではないかと思います。

私もそうでした。

構えてから、大きく振りかぶり、気剣体の一致で、しっかりと面を打てるようにする・・・。

この稽古を何度も何度も繰り返し積み重ねてきました。今でも続けています。よく考えれば、切り返しにおける正面打ち、左右面も、大きな面打ちで行うこととされていますよね。

でも、実際、試合や審査などを見ていると、大きい面で技を放たれる場面も、もちろん見受けられますが、いわゆる「小さい面」の出番が圧倒的に多い気がします。

小さい面というと、大きい面を、そのまま同じ形で小さいサイズしたものを連想してしまいますが、そうではなくて、大きい面とは異なるメカニズムで、コンパクトに打つ面のことです。だから、”小さい面”という表現はあっているようなあっていないような・・・そんな気がしますが、まあ、呼称はさておき・・・

ここで、1つ疑問が生じます。

なぜ、実践では、小さな面を用いた技が使われることが多いのに、

私たちは、まず最初に大きな面打ちを教えてもらい、

そして、その後も、この大きな面打ち稽古を、剣道を続けていく限り永遠に稽古し続けるのでしょうか?

そんな素朴な疑問に対する答えを考えながら、私は、パン屋さんでの仕事に向かいました。

そして、いつものように、サンドイッチに使うための、トマトや食パンやモッツァレラチーズをスライスしていました。

そのとき、「ハッ!」としたのです。

おっ!

ひょっとして、これかも!

チューダン君
チューダン君

先輩、仕事中も

剣道のこと考えてるんっすね

わたしの職場では、トマトも、食パンも、モッツァレラチーズを機械を使わずに、人間の手とナイフで切ります。

お金をいただいてお客さんに召し上がってもらうものですから、やっぱり、きれいに薄くスライスすることが求められます。

スライストリオ
スライストリオ

美しいスライスにして

送り出してねー

これ、仕事を始めたばかりの頃は、意外と難しくて、なかなかうまくできない時期がありました。

つい先日も、新人さんが入ってこられたので、スライスの仕方を教えていたときに、まず、私が最初に伝えたのは「力をいれすぎたらダメよ リラックスしながら切るんだよ」ということでした。

えへへ、パン屋でも

先輩風吹かせちゃった

その次に教えたことは、「ナイフを小刻みにギコギコさせずに、ゆっくりでいいから、まっすぐ前後に大きく刃を動かして切るんだよ。手で切ろうとしちゃだめだよ」でした。

そして、最後に伝えたのは、「ちょっと不思議な感じがするかもしれないけど、ナイフの刃の部分を心で感じながら切るんだよ」っと、剣道オタクっぽいアドバイスをしてしまっていました。新人さんは、なんだかちょっとキョトンとしていました・・・。

そうなのです。

このトマト、食パン、モッツァレラチーズの薄切りテクニックと、大きい面打ちの教えは、なんとなく似ているのではないか?っと、私は、気づいたのです。

つまりどういうことかというと、大きくゆっくり動作を行うことで、私たちは、自分が求められる1つ1つの動きが正確にできているかどうかを確認できるのではないか・・・と。

例えば、よくある失敗例ですが、トマトやチーズを、力まかせに切ろうとしたり、自分がうまくできない動きをごまかすために急いで切ろうとすると、あっというまにトマトもチーズも形がくずれてしまったり、ぶっといスライスができてしまい、美しいスライスができません。また、食パンは、力を入れれば入れるほど、急いで切ろうとすればするほど、ナイフが滑ったり、パン本体がつぶれたりするだけで、パンの耳にうまくナイフが入りません。

つまり、ナイフのどの部分が、一番、ナイフ自体の力を発揮しやすいのか、また、どういう状態だったらその力を最大限発揮させることができるのかを理解することが大事で、さらに、その上で、自分はリラックスしながら、気持ちをまっすぐに、自分とナイフが協力しあう感覚でスライス作業を行って、はじめて美しいスライスが生まれるのです。

ナイフと私の共同作業♡

ウエディングケーキ切ってるみたいね

あれ?旦那はどこ?

こうした一連の動きを、自分が、正しくできているかを確認したいと思うのならば、それぞれの動きを大きくゆっくり行う必要があります。そして、それを何度も繰り返すことで、自然とその動きが、自分の身体に身につき、結果、意識せずとも、自然にその動きを正しくできるようになるわけです。

ズバリ!

これこそ、百錬自得!

つまり、「大きい面」の稽古を一番最初にすること、そして、稽古し続けることの意味って、ここにあるんじゃない?

大きくゆっくり動作を行いながら、1つ1つの段階で身体を、正しく使えているか、気剣体の一致になっているか、打突が力まかせの打ちになっていないかどうか、打突後も途切れなく残心を取ることができているか・・・これらを確認するためには、「大きい面」の稽古でないとできないってことじゃない?

なんというか、大きい面で学ぶ意義って、

「打突っていうものは、こういう感覚で行うものだよ」ということを

身体に教え込む、あるいは、思い出させる、そういうことにあるんじゃないかなって思いました。

正しい身体の使い方をしたうえで、ちゃんとトマトを形を崩さずに切れているか?

もし、それがうまくできてないと感じるのなら、どこを治す必要があるか?

そういったことを自分に考えさせることが、「大きい面」稽古の存在意義の1つではないかなと思いました。

だから、大きい面から「小さい面」へ打ち方を変えたときに、自分がもし、何か「違和感」を感じるのなら、その違和感は、おそらく、

「おいおい、大きい面ではできてたことが、小さい面になった途端、できてないよー」という、大きい面からのメッセージなのだと思いました。

大きい面さんから

お手紙届いてまーす

私が、小さい面を稽古し始めるようになって、最初に感じた違和感は、その打突感にありました。

大きい面では、少しずつ

「しっかり打ったぜー!」っという感覚を少しずつ感じることができ始めてきていたのに

小さい面になった途端、その打突を擬音化するならば・・・

「ふにゃ!」「ぺとっ!」「んぎゅっ!」

こんな感じの音が聞こえてきそうな打突感へと変わってしまっていました。

確かに、大きい面と小さい面とでは、竹刀操作の動きが大きく違うので、打突感に違いがでてくるのは否めませんが、

私のは、もっと、こう、なんというか 例えば食パンを切ろうとしていたのに、食パンから

おーい!全然、切れてないよー!

わたしの耳にナイフの刃さえ入ってないよー!

といわれているような感じです。

なので、「ああ、絶対、何か、私、小さい面の打ち方間違えてるな」っと、自信をもって思えるわけです。

食パンさん
食パンさん

全然、切れてませーん

大丈夫ですかー?

わかってるよー!

大丈夫じゃないよー!

でも、考えてみれば・・・

このことに気づけたのは、大きい面打ちの稽古があったからではないか・・・と思いました。

小さい面になったからといって、弱い打突になっていいわけではない。小さい面の打ち方をしても、しっかり切れている「あの」感覚を感じられるように自分の身体の使い方・手の使い方・気持ちの使い方を研究しなければいけないよーっという、「大きい面」さんからのメッセージをもらっている気がしています。

そんなわけで、私は、大きい面も稽古し続けつつ、小さい面でも鋭く冴えのある打突を目指して頑張らなければいけないわけです。

大きく打っても

小さくコンパクトに打っても

トマトもチーズも食パンもスパッときれいにスライスしたいです。

そんなわけで、明日も稽古に行ってきまーす♪

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